【コラム】変容する音楽文化(1)
浜松市楽器博物館で企画展「琵琶 こころとかたちの物語」が7月31日からはじまっています。
私たちは、琵琶を「日本の伝統楽器」と認識していますが、楽器博の展示をみればわかるように、その起源は、古代ペルシアのバルバットという弦楽器で、シルクロードを通って中国に伝わり、琵琶(ピパ)となり、日本へは奈良時代に伝えられました。
つまり、海外からやって来た外来種です。
この事実に、「琵琶は、日本人が発案した楽器だと思っていたのに…」と、軽くショックを受ける人がいるかもしれません。
そこで、「大昔に外国からやって来たけど、それ以来、日本人は琵琶を、現在まで変化することなく大切に守ってきたのだから、やっぱり日本の伝統楽器だ」と、思い直したとしましょう。しかし、楽器博の展示は、それも軽々と打ち砕きます。
日本では、雅楽に用いられる楽琵琶、盲僧が経文を唱える際に用いた盲僧琵琶、平家物語を語るための平家琵琶、薩摩地方の薩摩琵琶、筑前地方の筑前琵琶など、多様な展開を見せたからです。
筑前琵琶を例にすると、明治時代に、薩摩琵琶や三味線音楽にヒントを得て、新しく生まれたのが筑前琵琶でした。つまり、過去の伝統をそのまま継承したのではなく、伝統を部分的に無視したからこそ、誕生したことになります(もちろん、薩摩琵琶という伝統も部分的に継承しています)。
実は、琵琶だけが特殊なのではありません。箏、尺八、三味線など、ほぼすべての「日本の伝統楽器」は大陸由来の外来種で、日本に伝わってから変容を重ねて定着しました。
そういうと、「日本人は、外国のものを摂取して改良させる能力がスゴイ!」などと、誇大妄想気味な自画自賛にすり替えて理解しようとする人もいます。
しかし、諸外国でも事情は同じこと。アメリカでも中国でも、自国の周辺地域とはまったく無縁に、ゼロから独自の文化を創造したような事例は存在しないはずです。それは、楽器博のさまざまな展示物を眺めれば、すぐにわかることです。
* 企画展「琵琶 こころとかたちの物語」は12月7日まで
文:静岡文化芸術大学 教授 奥中康人