第3055回例会

第63年度 クラブ週報

  • 例会日 2020年2月21日(金)
  • 例会場 オークラアクトシティホテル浜松

プログラム

浜松南RC・浜松東RC合同例会

  • 司会進行 SAA 石垣 哲男君
  • 開会点鐘 福澤 雄一会長
  • 合唱 我らの生業
    ソングリーダー 馬場康男君
  • 会長挨拶
    浜松東ロータリークラブ 福澤 雄一会長
    浜松南ロータリークラブ 酒井 英人会長
  • 卓話「後藤新平と鉄道院浜松工場誘致の秘話」伊東 政好君
  • 閉会点鐘 酒井 英人会長

ゲスト

  • なし

ビジター

  • なし

会長挨拶

〇浜松東ロータリークラブ 福澤 雄一会長

浜松東ロータリークラブ 福澤 雄一会長

本日は浜松南RC様と浜松東RCの合同例会です。浜松南RC64名、浜松東RC48名と112名の参加で合同例会が開催できることを大変うれしく感謝申し上げます。

巷では、中国武漢市からの新型コロナウイルスが益々感染を広げています。
中国での感染者は7万4千人を超え死者数も2千人を数え、日本国内でも武漢から来た中国人だけでなく日本人の感染者が出る事態となり対岸の火事では済まない様相を呈し、日本に停泊しているクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では乗客、乗員、検疫官他からも感染が確認され450人以上の感染者を出しまだまだ感染者が増えていきそうです。現在日本国内でも各地で感染者が確認される中、これ以上の感染を如何に抑えるか様々な情報が政府等から出ていますが、経済活動やスポーツ、文化等の活動にも大きな影響が出始めています。直近では天皇誕生日一般参賀の中止そして、東京マラソンの一般参加が中止となりました。静岡県にはまだ感染者が出ていないようですが全く予断を許さない状況です。

そのような中で、来週2月25日に予定されていました浜松RC主幹の第5グループIM(インターシティミーティング)の中止が決定されました。
鈴木健一ガバナ補佐はじめ斉藤浜松RC会長、須山IM実行委員長他皆様におかれましては大変な決断であったと思います。

何年もの準備期間をへて本年開催される東京オリンピックパラリンピックにおいても影響が出始めているようです。是非みんなで予防に努め冷静に対処しながら新型コロナウイルスを抑え込みたいものです。

本日は浜松東RCがホストとなり準備させていただきました例会となりますが、浜松南RCと浜松東RCの合同例会は17回を数えるに至りました。共に第7分区そして昨年よりの第5グループと共にあり、大変近しいクラブであると感じています。合同例会を通して相互の会員の交流も大いに深められればと思います。

本日の卓話は当クラブの会員であり、本年度地区大会において入会50年表彰を受けられました伊東政好さんにお願いしております。伊東さんは歴史文化に対しての大変造詣が深く特に浜松についての歴史や文化のお話を多く聞かせていただいています。本日の演題であります「後藤新平と鉄道院浜松工場誘致の秘話」についても医者から満鉄総裁になられた後藤新平がどのように浜松とかかわったか興味深いと思います。

本日は会員卓話の形式での合同例会を企画させていただきましたのでお楽しみください。

 

〇浜松南ロータリークラブ 酒井 英人会長

浜松南ロータリークラブ 酒井 英人会長

新型コロナウィルスが心配される中ご出席ありがとうございます。
親クラブの浜松東ロータリークラブとの合同例会が17回目を迎えることは、大変意義であります。今後も回数を重ね親睦を深めて行きたいと考えます。
浜松南ロータリークラブは本年4月4日に55周年を迎え、記念行事も開催します。
新型コロナウィルスに関してですが、浜松医療センターの矢野副院長によると、頻繁な手洗いが一番効果的だということです。
IM中止に伴って例会も休会となります。

出席報告

  • 会員数 62名
  • 出席会員数 47名
  • 出席率 82.46%
  • 前々回の更生出席率 94.74%

欠席者

野嶋利章君 鈴木 清君 太田 宏君
渡邊 修君 榛葉秀聡君 清水 剛君
土居 忍君 天畠昭彦君 鈴木隆志君
池浦慎一郎君

出席補填

(浜松南 2/20) 土居君 飯尾君 鈴木(隆)君 戸塚君

卓話

「後藤新平と鉄道院浜松工場誘致の秘話」
伊東 政好君

卓話者紹介 プログラム委員会 佐脇 仁君

伊東政好さんは、昭和45年5月入会で、50年間在籍の大先輩です。

略歴
誕生   浜松市板屋町 昭和13年1月21日生 82歳 B型
幼年期  昭和20年6月18日 母親死亡
学生時代 中学時代 科学部・昆虫採取・カメラ・切手
大学時代 日大法学部 東京遊学
社  会 ㈱河合楽器製作所入社(昭和35年)
本社・東京・宇都宮勤務(3年間 音楽教室担当)
藤田観光(㈱ 見習勤務(箱根小涌園)
旅館すぎやま(稼業勤務)
喫茶店「シャモニー」経営(駅前 8年間)
現在 杉山観光開発㈱社長 不動産業
公  職 浜松交響楽団顧問・浜松ユネスコ協会監事
元読書文化協力会副会長・元NPO浜松市動物園協会理事長
元浜松市商工会議所運輸部会及び不動産部会の副部会長
元浜松商店界連盟監事・元遠州民芸同好会会長
元浜松市文化協会評議員・元浜松市社会教育委員
元浜松市公園運営委員会会長代行・浜松オーディオクラブ会長
元浜松青年会議所副理事長・2620地区ロータリークラブ元ガバナー補佐
浜松東ロータリークラブ元会長 ロータリークラブ在籍50年

スポーツ  自転車・ボーリング
趣  味  コレクション(絵画・骨董・切手・カメラ・文具)
家  族  妻 息子3人 孫6人 ひ孫2人

伊東 政好君

日本初の鉄道開業 明治5年9月12日 新橋~横浜間
東海道本線開通 明治22年 東京~神戸間
鉄道院初代総裁後藤新平就任 後藤新平の紹介
東海道本線の中心地に機関車専門修繕工場を設置することになり名古屋・浜松が立地候補になる。明治39年。
浜松全町あげて誘致運動が盛り上がる。
32万坪の広大な用地予定に対して、名古屋で用地が無く浜松に決定
浜松駅より西、東伊場中心に用地を決定、用地買収で地価が高騰し、予算不足で浜松町民が協力して供出、造成完了。
明治41年12月に予算の全額カットが通達される。
浜松が大ピンチとなり町民あげて結束して予算復活の為に全国でもこれほどの陳情団は無いといえる。運動は、各町から3名ないし5名で上京団(150名)を編成して桂内閣に直訴せんと東京日比谷公園に集合する。(日比谷公園での一同写真参照)

直訴のため東京日比谷公園に集合した上京団

明治42年2月5日、代表者5名と桂総理が面会して鉄道院浜松工場予算復活協議をして陳情書を手渡す。
明治42年3月10日予算復活
明治42年3月下旬~4月上旬に後藤新平が土地の下検分の為来浜(大米屋からの後藤新平氏とご夫人和子氏を送り出し歓迎の写真参照)

大米屋 見送り 後藤新平氏と和子夫人

大米屋での朝食後、和子夫人は大米屋に宿泊し、後藤総裁は浜松駅停車列車内に宿泊する。
浜松町民あげての歓迎接待は受けなかった。
私の推測であるが、後藤新平記念館、資料など検討した結果といえる。

大正元年11月1日、鉄道院浜松工場は初代工場長小林定馬氏(東大卒)が就任し完成創業する。

鉄道院浜松工場

象徴的な高さ40mの煙突 創業時は、本部20名 現場330名で発足、従業員は、新橋・沼津工場からの転勤、大正2年末には、地元からも採用して従業員1,000名となる。
最高従業員4,500人 SL D51制作 1号機現在フラワーパークに保存展示している。
現在JR東海新幹線修理工場として従業員約1,300人が勤務している。

現在のJR東海新幹線修理工場

マレー式機関車の修理・組立、輸入車12両を完成させる。
最新式設備で全国で最も優秀な工場として発展していった。
浜松の機械工業の発展に大いに寄与したといえる。

記録

クラブ会報委員会 髙林 裕孝君